ナカシマファーム
佐賀の酪農家が手がける、日本初のブラウンチーズと「New(乳)culture」

Saori Ito
風景から逆算する。「酪農×建築」という、新たな挑戦。
チーズをつくりながら、町の風景を変えようとしている酪農家がいます。
佐賀県嬉野市。田園と水田が広がる集落の中に、ナカシマファームはあります。代表の中島大貴さんは、日本で初めてブラウンチーズを商品化し、国内外のコンテストで受賞。チーズ好きが全国から工房を訪れる存在になりました。でも中島さんが本当に目指しているのは、おいしいチーズづくりにとどまりません。「ミルクを、文化にしたい」──その言葉が指す先は、チーズ工房をはるかに超えています。
ナカシマファームは3代目。祖父が水田酪農を始め、父がアメリカ・カナダで酪農を学び、大貴さんの代でチーズづくりが加わりました。大学で建築とデザインを学んだ中島さんが実家を継いだのは、「建築×酪農は、自分にしか実現できないポジションだ」という確信があったからです。酪農は機械、土木、商品開発まで横断するいわば総合職。環境を整える建築の視点は、思いのほか酪農と遠くない。「目指す風景から逆算して、仕事に落とし込んでいく」。その建築的な思考が、ナカシマファームのすべての取り組みの根底にあります。

堆肥を作り、土を耕し、牧草を育てるところからはじまるチーズづくり

水田酪農が育む、ナカシマファームの牛たち
中島さんのチーズづくりのきっかけは、「周りの人に、自分がつくったものを食べてほしかった」というシンプルなものでした。牛乳は衛生上の制約から、気軽に近所へ配ることすらできません。酪農場によくあるソフトクリームより、チーズの方が料理にもおつまみにも使える汎用性がある。発酵をはじめとする技術の奥深さも、ものづくりへの意欲を後押ししました。21〜22歳から独学で試行錯誤を重ね、2012年、24歳で工房をオープンします。

牧場と工房が隣り合う、ナカシマファームのチーズ工房
チーズは生乳を約10分の1に凝縮・発酵させてつくるもの。出発点となる生乳の品質が、そのまま味になります。そのためナカシマファームでは、酪農場と工房を隣接させ、搾りたての生乳を冷やさず常温のまま運びます。温度変化も振動も最小限にした「牛の体温を捨てないチーズづくり」。ミルクのフレッシュな甘みと透明感。それがナカシマファームのチーズの個性の源です。

搾りたての生乳を、そのまま工房へ
廃棄されるホエイを、新たな価値に変えて。
チーズをつくると、必ずホエイ(乳清)が出ます。生乳のじつに9割を占めながら、多くの工房では廃棄されてしまうもの。酪農家として、その現実に違和感を覚えた中島さんが辿り着いたのが、ノルウェーの伝統的なブラウンチーズ(ブルノスト)でした。ホエイと生乳を6時間以上かけて煮詰める、手間のかかる製法。試作した工房は多くても、その手間故に商品化まで踏み込んだところは当時まだありませんでした。

ホエイと生乳を6時間以上煮詰める、ブラウンチーズの製法
ナカシマファームはその壁を越え、日本初の商品化を実現。「JapanCheeseAward2018」金賞・部門最優秀賞、「WorldCheeseAwards」2019銅賞を受賞しました。
その後、数十の工房がブラウンチーズをつくるようになりましたが、中島さんは「明確に味が違う」といいます。多くの工房が分解酵素を使い甘みを引き出す中、ナカシマファームはクラシカルな伝統製法を貫きます。じんわりと広がるキャラメルのようなやさしい甘みと、コク深い余韻。その味わいを求めて、はるばる工房を訪れる方も少なくありません。

じんわり広がる甘みとコク。日本初のブラウンチーズ
ミルク=愛。新たなカルチャーを佐賀から。
2018年、中島さんは歴史ある蔵をリノベーションしたカフェを市内にオープン。チーズやミルクを使ったドリンクとスイーツを提供するお店は、単なるカフェとしての役割だけではないと中島さんはいいます。
お店のシンボルカラーには、あえて町の色調とかけ離れたバカンスを思わせる明るい3色を選びました。お洒落なものをつくりたいとかではなく、カフェを利用してくれた人がカップを持ち街を歩くことで、色彩のコントラストも含めて、この町の見え方や風景を変えていきたいと思ったんです。
その言葉通り、若い世代が町の風景に加わるようになり、現在は市内に2店舗を展開しています。

色彩鮮やかなカフェのシンボルマーク
店内で高校生が思わずこぼした「うま…!」というひと声。それが中島さんにとって、何より嬉しい瞬間だといいます。
コンテストで受賞することも嬉しい。でも、本能から出てくるお客さんのその反応が、一番本質的だと思うんです。

塩田津の築167年の蔵を改装した、ナカシマファームのカフェ(塩田津本店)

伝統とモダンが調和する店内(塩田津本店)

町の憩いの場となる、2号店目のナカシマファームカフェ(嬉野温泉駅前店)

スタイリッシュな店内(嬉野温泉駅前店)
酪農の本質を自問自答したとき、中島さんがたどり着いたのが「ミルクって、愛だよね」。ミルクは哺乳類が最初に口にするもの。「母から子への最初の贈り物」です。カフェインを含まず、どの世代でも一緒に飲める。コーヒーが嗜好品からカルチャーへ昇華したように、ミルクにも文化としての土台があるはずだ。その思いから生まれたのが、水だしコーヒーならぬ「ミルクブリュー」。牛乳でコーヒーを抽出するという、酪農家である中島さんならではの発想です。
「牛乳」や「酪農」という言葉を聞いたとき、幸せや愛情といった温かなイメージが自然と思い浮かぶようにしたい。その願いを「New(乳)Culture」という言葉に込め、ミルクを単なる飲み物としてではなく、暮らしに根づくひとつのカルチャーへと育てていきたいと語ります。

牛乳でコーヒーを抽出する、MILK BREW(ミルクブリュー)
目指しているのは、ミルク版のスターバックスのようなお店をつくることです。新たな町づくりの際、大手カフェチェーンと同じように「MILK BREW」が候補に挙がる。そんな存在になり、全国へ広がっていってほしいですね。
また、ブラウンチーズを食卓におけるバターのような身近な存在にし、ミルクを楽しむ文化を社会に根づかせていきたいと考えています。ブラウンチーズは、牛乳に含まれる乳糖を活かしてつくられる食品です。乳糖は砂糖に比べて甘みが穏やかで、料理にもさまざまな形で取り入れられます。新しい「糖」の選択肢として、もっと広まっていってほしいですね。
そして、もうひとつ実現したいのが、水田に牛がいる風景です。その横を車が走り、農業と動物、モビリティが自然に共存している。そんな風景をいつかつくれたらと思っています。どれも時間のかかる挑戦ですが、酪農家として20年、30年という長い時間をかけて実現していきたいです。
中島さんの循環型農業と6次産業化の取り組みは、2024年に農林水産大臣賞を受賞。チーズ製造からカフェ運営までを一貫して行う酪農のモデルケースとして全国から注目され、多くの農家が視察に訪れています。
土をつくり、牛を育て、チーズをつくり、町の風景を変えていく。
ミルクをひとつのカルチャーへと育てる挑戦は、佐賀の小さな牧場から、まだ始まったばかりです。

佐賀からはじめる「New(乳)culture」の発信

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