箔座
一万分の一ミリへ。金沢の「縁付金箔」が、ユネスコ無形文化遺産に選ばれた理由

金沢、金箔と暮らす街

石川県金沢市。現在、国内で生産される金箔の100%がこの街で生まれています。

 

はじまりは400年前、当時の江戸幕府は「箔座」という制度をつくり、箔の製造を江戸・京都に限定しました。それでも金沢の職人たちは加賀藩の庇護のもと、静かに箔を打ち続けます。

 

この執念が、後の卓越した技術へとつながることに。

 

金箔を移す

明治になり規制が解かれると、金沢箔は急速に発展し、やがて国内生産のほぼすべてを担うまでになります。

 

良質な水と北陸特有の湿潤な気候。この土地でなければこの箔は生まれることはありませんでした。

 

ユネスコ無形文化遺産「縁付金箔」

金箔づくりは、十円玉ほどの小さな金合金からスタートします。

 

これを職人が幾度も打ち延ばし、畳一畳ほどの大きさ、厚さにしてわずか0.0001mm(一万分の一ミリ)まで均一に仕上げていきます。

 

金箔を貼った紙を延ばす

その技法のひとつが、「縁付金箔」。

 

2020年、ユネスコ無形文化遺産に登録された製法です。手漉きの雁皮紙のあいだに金を挟み、打ち延ばしていくのですが、この紙は藁灰汁や柿渋で仕込まれた非常に手間のかかる紙。

 

縁付金箔に使う雁皮紙

だから、職人にとって紙は命そのもの。火事のときは、まず紙を抱えて逃げる、という言い伝えが残るほどです。

 

こうして生まれた縁付金箔には、紙の繊維の、ごく微細な跡が残ります。はられた箔が光を柔らかく乱反射させ、深みのある表情を生み出すのは、この製法ゆえのことです。

 

金箔を移す

箔と共にある、暮らし

箔座は製箔会社を母体に持ち、箔の製造からプロダクトの企画開発までを一貫して手がけています。金沢に縁付金箔を打てる職人は、いまは15名ほど。その希少な技術を、祭事や装飾の中だけでなく、日々の暮らしへ。箔座はそう考えます。

 

代表の高岡美奈さんがいちばん時間をかけるのは、箔と、それを纏うものとのマッチング。箔座のものづくりは「金箔を後世に残す」という視点から出発しているため、金箔がもっとも活きるプロダクトや素材を選び抜く必要があるといいます。

 

金箔の声を聞きながら、どう表現されたいかを判断しています。

 

その声に耳を澄ませる時間こそが、箔座のものづくりなのかもしれません。

 

商品はこちら

箔座

コレクションを見る →