樽田 裕史さん

まだ誰も踏み入れていない道を
探し、突き詰める蛍手の技術

 By Emotion

2021.10.1

 

 

「蛍手」という焼きものの技法をご存知でしょうか。明時代の中国にルーツをもつ、透かし彫りにした素地に透明秞を充填させて焼成し、浮き上がるような文様を表現することを指します。

 

 

蛍手の難しいところは「まあ、いいか」が許されないこと、と樽田 裕史さんは言います。ろくろを回して成形した磁胎を削り、穴を開ける蛍手は、あえて焼きものの強度を下げることでもあります。成形時や焼き上がり時に割れてしまうリスクを孕み、各工程に細心さが求められるこの技法に樽田さんが取り組んだのは、23歳のときでした。

 

 

樽田 裕史さん

 

 

「線」の蛍手

一般的な蛍手の透かし彫りは「丸い穴」が多いのですが、樽田さんが選んだのは「線」。釉薬を塗る前の開口部が大きくなるため、焼きものの制作難易度は格段に上がりますが、「線」からもれる光は雲間からの光、クラブの光線のようで、自分の好きな光です、と話します。

 

 

難易度が高いこともあり、取り組む人は多くない線の蛍手は、「好きなものを組み合わせて突き詰めたい」という思いと、「人がやらないことをしないと生き残れない」、という覚悟から生まれました

 

 

 

蛍手を用いた樽田さんの作品

 

まだ誰も踏み入れていない道へ

愛知県名古屋市で生まれ育った樽田さん。焼きものの道に進むきっかけは高校の進路選択時でした(「消去法で選びました」と当時を思い出して教えてくれました)。図工が好きだったので、当時創立から100年をこえる歴史のあった瀬戸窯業高等学校(現・愛知県立瀬戸工科高等学校)のセラミック科に進むことに。自宅から1時間半の通学時間には通勤客も多く、樽田さんは疲れた雰囲気のサラリーマンをみて、「人に雇われたくない」「自分で何かやりたい」という思いを次第に強くします。

 

 

高校卒業後、2年間の専攻科(陶芸)を修めたのち、2007年に陶芸家の波多野 正典氏に師事。今では「自分ひとりですべてやりたい」という樽田さんですが、「弟子入りはとても良かった」と振り返ります。午後3時の休憩の際に師匠とよく話をしたそうで、ある時、かけられたのは「ひとつを突き詰めるのもいいぞ」という言葉。当時は木工、金工などを組み合わせて色々なものをつくりたいと思い、自分独自の表現を模索していましたが、今では言われたことがよくわかると振り返ります。

 

 

その後、公募展に出品したり、窯業高校で働いたり忙しく活動していた樽田さんの転機は、2015年に10カ月間周遊したヨーロッパでの経験でした。南ドイツの陶芸学校や西ドイツ、北ドイツ、スウェーデンの陶芸家の元へ行きヨーロッパの陶芸を見学する中で、日本では「ヨーロッパの雰囲気がある」とも言われた自身の蛍手の作品が、ヨーロッパでは「日本らしい」と評価されます。この経験から、蛍手を突き詰めれば、まだ誰も踏み入れていない自分だけの表現になる、と確信しました。

 

 

自分でないとできないことをやる、ゼロ→イチを創り出すことが大事なんです。

 

 

と力を込めて話す樽田さん。今制作している作品は食器が多く、「決まり」があるのでまだつくりやすい。今後は、そんな決まりのないアートにも挑戦したいと言います。今年開催された、「第1回 日本和文化グランプリ」で優秀賞を獲得した作品「ゆらぎ」はその方向性を示すもの。

 

 

20時間の焼成ののちに窯から出された作品は、高さ15cmと通常の作品より大きく、サイズと割れるリスクは比例する中で、奇跡的に生まれた作品です。

 

 

樽田さんは制作にあたって、このように語ります。

 

蛍手の曲線を取り入れることによって、柔らかさを生み出したいと考えています。
出品作品は、1/f ゆらぎにある心地よいゆらぎになるように、光と曲線、青白磁釉の青色 により柔らかな雰囲気を出しつつ、線による蛍手と彫りによる緊張感が程よく入り混じっ た作品になりました。

 

 

師匠から言われた「突き詰める」はつまり、極めること。樽田さんは

 

極めると、美を体現できる。
極めるには、色んなことに手を伸ばす時間はなく、集中する必要がある。

 

と言います。


 

アトリエでの制作風景

 

好きだと心の底から感じて、すべてをかけて磨く蛍手の技術。樽田さんに「この道で目指すことは?」と聞いたところ「美術館で作品が展示されること」と答えてくれましたが、その日も遠くないと感じます。

 

 

 

 

 

第1回 日本和文化グランプリ 優秀賞 受賞作品 

作品名:「ゆらぎ」

寸法:幅12.5cm/高さ15cm

素材:磁器土

技法:ろくろ、線による蛍手、彫り