着物家 伊藤仁美さん vol.3

「整え」から連鎖する豊かさ
内側から自分を見つめ直す時間

昨今では様々な面において新たな生活様式がうまれ、今まで外に向いていた目を、内側に向け、自分自身を見つめ直す機会となった人も多いのではないでしょうか。


 

自分にとって本当に必要なもの、大切なことを自問自答しながら、今まで忙しさの中で忘れかけていた、「本当の豊かさ」という問いに向き合う日々。

 

 

日常着として着物をお召しなる着物家の伊藤仁美さんも、着物との出会いを通して、自分と向き合う時間の大切さに気づけたと語ります。

 

 

着物を着ることで、姿勢や所作への意識が変わっていったという伊藤さんによる連載第3弾は、「整え」から始まる自分との向き合い方、そして周りに与える豊かさの連鎖。

 

 

整えるということは、無理をせず自分らしい姿でいること。そう語る伊藤さんは、着物と共にどのように無理のない関係を築いているのでしょうか。

 

その人の生活に合った着こなしこそ、美しい

着物と聞くとどうしても、正しくきちんと着なければいけない、というイメージが強いですが、伊藤さんの着こなしからは、生活に密着した自然体の美しさが感じられます。

 

 

息子さんと公園で遊ぶこともあるという伊藤さんに、着物の着崩し方について伺ってみると、優しく微笑みながら「最初から綺麗に着ない」と意外な一言。 

その日の一日の予定を想像して、腕をどこまで上げるか?足はどこまで広げるか?など可動域を考えて、丈を短くしたり、ウエスト周りを緩く締めたりと、最初から綺麗に着ないようにしています。

 

毎週日曜日は息子と公園で滑り台を滑ったり、走り回ったりしていますから()

 

 

そういった生活に寄り添った着こなしの変化は、伊藤さんの中で「美しさの概念」をも変えるきっかけになったといいます。

 

これまでは皺一つないのが一番美しいと思っていましたが、今では母として、子供を抱きしめた後にできた皺こそが美しいと感じるようになりました。その人がその人らしくいられる着こなしこそが、最も美しいと思います。

 

整いの連鎖

そして、着物を着ることで、いつも丸まっていたという姿勢が自然と整い、袂や裾などを気にかけることで、1つ1つの所作が丁寧になっていく。健康面でも、帯でお腹が温められることで、お腹を悪くすることも少なくなったという伊藤さん。

 

 

そんな様々な変化をもたらしてくれた着物での生活の中で、一番の変化は、姿勢の意識から繋がる「心の整い」だと語ります。

 

着物を着ることで姿勢が整い、姿勢が整うことで呼吸が整い、呼吸が整うことで心が整っていきます。それは坐禅で大切とされている身体、呼吸、心を調えることのように、私は着物を着る時間の中でいつもそれを意識しています。

 

世界的にもライフスタイルの中に瞑想を取り入れるなど、日本発祥の禅の精神は広がりをみせています。背筋を伸ばし、正しい姿勢を意識することで、一呼吸、一呼吸が整い、穏やかに平常心を保つことができる。

 

 

この「整いの連鎖」からうまれる内なる豊かさが、会う人を和ませる、伊藤さんの上品さと穏やかな空気感を纏う秘訣なのだと納得させられます。

 

 

一日で最も大切な「朝の身支度」

そんな伊藤さんの一日の中で最も大切にしている時間は、自分と向き合う朝の身支度。

 

私は着物を着る時間に自分自身を整えるようにしています。イメージとしては外の世界と自分を繋ぐような時間です。

 

朝の新しい風や温度を肌で感じながら、今日は誰と会うか、何を着ていけば喜んでもらえるか、一日の内容を考えて無理なく上手くコミュニケーションがとれるよう、身支度の時間にその日の自分と、やることを合わせていきます。

 

その日会う人に合わせてコーディネートを考えられているという伊藤さんは、「文様に想いを込めることのできるお着物は、やはり特別な衣装ですね」と、改めて着物への敬意と愛情を覗かせます。

 

 

この日伊藤さんがお召しになっていたお着物は、柳に季節の野菜があしらわれた夏らしく涼しげな文様。帯には可愛らしい千鳥があしらわれ、「少しでも和んでもらえたら」と選んでくださったそうです。(撮影は盛夏)

 

着物:柳と雪輪に夏野菜の絽小紋、帯:千鳥の染め名古屋帯

 

五感で感じる自身の変化

そして驚くことに伊藤さんの着付けは、見て着るのではなく五感で着るといいます。

 

着付けではできるだけ視覚を使わないようにしています。例えば、鏡を見て裾を確認するのではなく、踝が裾に触れたかで調整します。

 

背縫いも鏡で確認すると歪んで見えますが、感覚を研ぎ澄ますと、背骨に背縫いがあたっているのがわかるんです。普段から五感を意識して、直感を鍛えるようにしています。

 

 

そのようにして直感をはたらかせることで、自身の変化にも敏感に気づけるのだとか。

 

洋服では気づきづらいですが、着物はいつも同じ場所に帯や紐がくるので、心や体調の変化に気づくことができるんです。いつも綺麗にできている形ができないときは、心が少し乱れていたりします。

 

また体調が優れない時には、あえて支度に手間をかけて、身体と向き合い調整するようにしています。

 

所作は人への思いやり

そんな自分と向き合う時間を大切にされている伊藤さんですが、周りの人との接し方にはどのような部分を意識されているのでしょうか。

 

例えば、小さい社会の家庭で考えてみたとき、旦那さんに湯呑を渡す時にバンッと音を立てて置くのと、手を添えて出すのではちょっとしたことですが、きっと相手の感じ方は違うと思いますし、同じお茶でもそれだけで嬉しく、心が豊かになっていくと思うんですよ。

 

そして、次に何かするときに心の豊かさが連鎖し、外にでて会社などにも広がっていくんだと思います。

 

所作は「人への思いやり」であり、意識することで気持ちが伝わり、相手と良い時間を共有できるといいます。

 

 

そのようにして、日常の動きから丁寧に心がけているという伊藤さんは、小さな言動が相手に与える、大きな影響を最も大切にされていました。

 

 

自分を無理のない姿に整えることは、

周りとのコミュニケーションを円滑にさせ、

豊かさの連鎖へと繋がっていく。

 

 

たとえ遠回りになったとしても、季節の草花を感じられる道を選び、季節の移ろいを肌で感じるようにしている伊藤さんは、「だって、せっかく四季のある日本に生まれたんですからね」と微笑む。

 

 

自分自身と向き合った先に得られるものは、

些細な日常の中に隠された、微笑ましい豊かさに気づける才能なのかもしれません。

 

 

 

Interview <着物家 伊藤仁美さん> vol.1 vol.2