着物家 伊藤 仁美さん vol.2

「捨てる」を捨てた生活
経年進化を楽しむ向き合い方

By Emotion

様々なものがワンクリックで翌日に届くという便利な時代を私たちは生きています。ネットは10年前とは比べられないほど身近になり、キーワードを入れれば膨大な情報に簡単にアクセスできるようになりました。

 

 

一方で、買ったけど使わない、届いたら思ったものと違った、といった経験はないでしょうか。

 

 

着物を日常着としてお召しになる着物家の伊藤仁美さんは、着物との出会いで、ものに対する向き合い方も変化していったといいます。

 

 

連載第2弾は、経年進化を楽しむものとの向き合い方について、伊藤さんの経験、着物文化からひも解きます。

 

苦しみの根源は「ものを捨てること」だった

着物を着るようになってから、ものを捨てるという概念がなくなりました。好きだと思って買ったものを捨てることが、自分の中で苦しみになっていたんだと気づいたんです。

 と伊藤さんは語ります。 

 

 

着物を着るようになる前は、流行りの雑誌を見て、いいなと思うタレントさん、女優さんの着ているものをすごく欲しくなって購入するも、自分が着てみるとイメージと違って捨てることや、無難だからとりあえず使えるかな、という理由でたくさん買っては、大して使わずに捨てていたと振り返ります。

 

 

そんな中で着物と出会い、着物の美しさと豊かさを伝え続けていくんだと決めたことで、自分の心と向き合うことができ、苦しみの根源に気づけたといいます。

 

 

「捨てる概念のない生活」とは

洋服を着て生活していると、色やデザインが年齢に合わなくなった、体形が変わった。といった理由で、洋服を捨てることがあるのではないでしょうか。そんな中、「捨てる概念のない生活」とはどういう生活なのでしょうか。

 

着物には染め替えという技術があり、最後は黒になるまでどんどん濃い色に変えていけるんです。また、体形が変わったとしても、反物に戻して、違うサイズで作り直すこともできます。さらに、着物を帯、バッグ、お草履の鼻緒や傘など、まったく別のものに作り替えることもできるんです。

 

 

 

伊藤さんは、薄いピンクのお花柄の着物を炭黒に染め替えることでモダンで恰好よくしたり、母親ゆずりの着物の淡い色味を自分の好みの紺色にして愛用したり、着物の重ね方を変えることで妊娠時のマタニティーウェアも買わずに過ごしたりと、リメイクで次の世代につないでいく、という日本文化を大切にすることで、「捨てる概念のない生活」をされているとのことです。 

 

 

とはいえ、魅力的なものとの出会いはあるはずです。どういう基準でものを購入し、どういう風にものを手放しているのでしょうか。

 

 

ものとの出会いは「自分が成長できる予感」を大切に

ものを購入する際は「出会いと直感」と語る伊藤さん。

何よりもそのものに対し心躍ることが大切です。その上で、自分が成長したい時に、ちょっと無理してでも今の自分より少し背伸びしたものを選択します。

 

着物だけでなく器や家具も同じで、少し背伸びして良いものを身の回りに置くとそれらを丁寧に扱う、そうすることで美しい所作が生まれる、というように良い循環が生まれるんです。

 さらに伊藤さんはいいます。

 

 

「使われているものほど美しい」

いいものほど、しまっておくのではなく、使うようにしています。

 

民藝運動の創始者・柳宗悦さんの、『名もなき職人が実用のためにつくり、庶民の日常生活の中で使われてきたものこそ美しい』という言葉に感銘を受けて、もの自体としての美しさもありますが、それ以上にその人の生活と共に使われているものほど美しいものはないと思います。まさに用の美です。

 

ものは愛情をかけることで、より美しくなっていくと思っているので、とにかく大切に使うようにしていますね。着物も高かったしいいものだからと取っておくのではなく、私は本当にどんどん着るようにしています。

 

最近では「割れるものだからこそ大事にするという心を育みたい」と、安全に配慮できる環境では、小さな息子さんにもできるだけ陶器のお皿やマグカップを持たせるようにしているそうです。

 

 

そしてもう一つたいせつなこと。ここでいう「いいもの」とは、値段ではありません。

 

 

自分が好きだと思って手に取っているもの、息子さんの場合は、息子さんが自分で選んだ「はらぺこあおむしのマグカップ」とのことで、割ってしまったら本人は本当に悲しいと感じると思います。でもそれを扱わせることで、ものを大事にするという想いを育みたい、と伊藤さんはいいます。

 

 

手放すときは「ありがとうございました」の心とともに

着物を手放すときは、本当に感謝して着物とのこれまでを思い出すそうです。また、フッと思い浮かぶ人がいればその人に譲ることもあるとのこと。量ではなく、自分の好きを凝縮したものだからこそ、別れの時にも丁寧に扱えるそうです。

 

 

そんな伊藤さんの「手放したくないもの」を最後にご紹介します。 

 

 

祖母から受け継いだ、唯一無二の帯

 

 

お婆様、お母様とそのご姉妹、そして伊藤さんと3世代に渡って受け継がれてきたものだそうで、もともとは羽織でしたが、羽織だと冬にしか着る機会がないということで、帯に仕立て直したそうです。

 

 

帯の文様は、昔は家族の着るものを女性が手仕事で作っていたために日常的に大切な道具であった「糸巻き」です。どこまでも続く長い糸は、不老長寿や子孫繁栄の願いも込められています。

 

 

糸巻き柄を見るたびに、自分も妻として母として家族を守るという決意を感じられるそうで、大事な時に締めるようにしているお守りのような存在とのことです。

 

 

惚れた仲間と作り上げた「有松絞り×結城紬のストール」

伊藤さん、有松鳴海絞りの「suzusan」、結城紬の「奥順」の3者のコラボレーションで生まれたストールで、伊藤さんが惚れた仲間と作り上げたものだからこそ、とても大切にされているとのことです。

 

 

 

 

結城紬は結城三代という言葉があるように、親子三代が着込んでこそ本来の風合いが楽しめ、100年経った時が一番美しいとも言われています。時とともにどんどん柔らかくなり、軽くて暖かいそうです。

 

 

蚕が出した真綿を職人さんが唾液で紡いでいくため、健康じゃないと同じ状態に作れないことから、心身ともに整えることを大切だと感じている伊藤さんの想いとも共鳴しました。

 

 

そこにさらにsuzusanによる手絞りでの柄が加わりモダンになったとのこと。軽いので衣紋を崩さないとの着想から生まれたものの、その品質とモダンなデザインから、着物の方だけでなく、洋服に合わせたい男性からも好評だったそうです。

 

 

惚れた仲間で作り上げるコラボレーション作品。私たちとしてもこういうものを皆さんに紹介していきたいなと感じるものでした。今後のコラボレーションにも期待してしまいます。