木越 あい
ガラスをカンバスに描く
異世界へ誘う色のストーリー
2023.6.2
作品を覗き込むと、ガラスの中の異空間に惹き込まれる―
そんな不思議な感覚にさせてくれるのは、ガラス作家・木越 あいさんの作品。
色ガラスを層のように重ねて吹いてつくり、その後、砂をガラスに吹き付け色を薄く剥がしとりながら、グラデーションをつけていく「サンドブラスト」という技法で、木越さんにしか描けない世界をかたちにしています。
そして、木越さんの作品は全てにストーリーが込められた一点もの。
作品の世界に浸ってしまうアートピースです。
色と透明性に魅せられた、ガラスのカンバス
幼い頃から絵を描くことが好きだったという木越さん。
デザインや芸術の道を志すなかで、自分の手で作る工芸の楽しさに気づいたといいます。
ガラスの魅力は私の作品に通ずるところですが、色と透明性。
大学ではガラスについて3、4年生の二年間しか学べなかったので大学院まで行きました。その頃から自分の絵をガラスの表面に描きたいと思い、当時は板状のガラスに今と同じ技法で絵を彫っていました。
その後、結婚や子育て、専門学校の講師などの経験を経て、自身の作品作りに本腰を入れたという木越さん。
子育てなどが忙しく、あまり作品を作れていない時期もありましたが、やっぱり作り続けていないといいものは作れないと思い、自身の制作環境を整えるために、子育てがひと段落した頃にシェア工房を構えました。
ガラス作品制作には大きな機材など設備が必要なので、工房を構えることで「後には引けない」と覚悟を決めました。
木越 あい さん
ガラスを通して投影する、経験に基づくストーリー
木越さんの作品は、活動する女の子が愛らしい「girlsシリーズ」や、古今東西民話や童話をアレンジした「昔ばなしシリーズ」など、自身の経験や興味から生まれる独自の世界観が魅力のひとつ。
知れば知るほど惹き込まれる作品のストーリーは、自身から生まれるテーマをガラスに投影させたものだといいます。
私の場合はどうしてもテーマが自分にあるんです。
まずは世界中の「おはなし」の中にある古えの人の教えに興味があります。そして娘を生み育てた経験から、自分と外界とそして子どもというものを見つめ直したこと。
そんなことが根幹になってオリジナルの「おはなし」を想像しています。
目出度シリーズ スケッチ
girlsシリーズ スケッチ
「笑っちゃうくらい手間がかかる」工程の多いグラスづくり
そんな木越さんにしか作り出せないグラスは、吹きガラスやサンドブラストなどを含む多くの工程を経てようやく完成します。同じテーマで描いても、色の入り方に合わせて絵を変えているので常に一点もの。
「笑っちゃうくらい手間がかかる」という制作背景を伺うと、作品に対する並々ならぬ愛情を感じさせられます。
私の場合は生地(ガラス)づくりに、一番苦労することが多いです。吹きガラス工房をお借りして、吹きガラスで一から制作しています。
作品に奥行きを出すために単色に見えても1色ではなく、必ず2色以上と差し色が入ったグラスをつくるのですが、複雑で他の人には頼めないし、私だからできる生地でもあるので、絵を描く前のカンバスづくりにいつも苦労しています。
制作したなかでも作品に使用するのは、形と厚み、さらには色の層の厚みの3つの条件が揃ったものだけです。色が厚すぎるとサンドブラストでたくさん彫らないといけなくて、どんくさい絵になりがち。色が薄いと色の階調が浅くなり、絵に深みが出ません。そのため使えるものはほんの一部なんです。
形、ガラスの厚み、色の層の厚み、の条件が揃ったものを厳選
土台となるガラスも、全て自身で制作するという木越さん。色ガラスの美しいグラデーションが、作品に深みを与え、見る者は異世界へと誘われます。
そしてようやく、メインとなるサンドブラストの工程へ。
グラスにはビニールテープを貼り、下絵を描いた紙を貼って、小さなパーツまでカッターで切り抜きます。サンドブラストでガラスの表面に細かい砂を吹き付け、色の被膜を少しずつ落としながら絵を描いていきます。
色の厚みの濃淡で絵を描くため、彫る順番や吹き付ける圧力などを考えた上で進めていきます。そのためサンドブラストの工程だけでも5~6日はかかってしまいます。
グラスに下絵を貼り、カッターでパーツを切り、サンドブラストの準備
サンドブラストで色の被膜を落として、絵を描き進める
ガラスを彫り進めていくので、削り落とした部分はやり直しがきかない繊細な作業。全工程を1人で行うため、1か月に作れるのは、状態がよい時でもわずか3、4個だと語ります。
人に見てもらい、楽しんでもらうには、私の場合はここまでやらないとそのクオリティにはならないと思っているので、頭をしぼり内容を考え、手をかけています。
「同じ表情は二度とつくらない」
そんな効率化や量産とは逆行する作品作りには、木越さんの想いが。
一点一点に想いを込めてつくっているので、量産するものではないと思っています。
赤頭巾シリーズは一点ずつ絵を変えていて、その時の自分の気持ちを作品にのせたいので、同じ表情は二度と作らないと思ってやっています。毎回「今の私はどう描くだろう?」と楽しみながら描いています。
同じ表情はふたつとない「赤頭巾シリーズ」のスケッチ
「驚きと共に、非日常の空間へ誘われてほしい」
手に取ってくれた人には驚きを届けたいと木越さんはいいます。
作品を通して楽しんで驚いてもらいながら、日常と違う空間に誘われてほしいですね。
そして作品をおうちに連れて帰ってもらったときに、その人だけに伝わる発見を感じてもらえたら嬉しいです。買ってくれた人へのお楽しみは、展示会のときも敢えて伝えず、おうちで気づいてくれたら面白いなと、自分も楽しみながら制作しています。
グラスに水を入れたり、太陽光にあてたり、見る角度を変えてみたり―
その度に見え方が変わり、驚きを与えてくれるグラス。
気づくと、ふと違うことを考えさせられている。
使うというより、眺め、覗き見たくなるような不思議な世界への入り口のようです。
キャンドルを灯すと幻想的印象に