河内屋
国内唯一の手作業「天金加工」
印刷屋技術が凝縮された一冊
2022.4.8
「信頼してくださる方々に全力で応えたい」
東京・新橋。日本の鉄道発祥の地であり多くのビジネスパーソンが行き交うこの街は、その立地上、昔から官公庁をはじめ、名だたる大手有名企業がひしめくエリアとして知られてきました。
そんな新橋の中心街から一歩奥まった閑静な場所に佇むのが、昭和46年創業の河内屋です。
始まりは1700年代後半、大阪から東京へ船で鉄屑を運ぶ商家に由来。時代とともに業態を変化させながら、生業である「鉄」を扱う高い技術を継承し今日に至る歴史があります。
印刷業として礎を築いたのは、現代表の國澤 良祐さんの祖父國澤 國太郎さんの代。日本の印刷業の黎明期ともいえる戦後の復興期に、新橋の地でいち早く活版印刷の母型の鋳造を始めたことがきっかけでした。
印刷に使用する金型
活版印刷からオフセット印刷に移りゆく中で、河内屋には多くのクライアントからの依頼が押し寄せるようになります。
新橋周辺は、大手広告会社や新聞・雑誌社が多い上に銀座からも近く、高級店が集まるエリア。そんな土地の利もあって、ありがたいことに広告代理店やハイブランドのお客様とのご縁に恵まれてきました。
國澤さんはそう語ります。
棚には多種にわたるインクが整然と保管される
クライアントから無理難題が降りかかってくることも、決して少なくなかったといいます。
ただそういう状況の中でも、絶対にクオリティは担保しなければならない。信頼してくださる方々に全力で応えたい。その思いはいつも強くありました。その中で、職人の技術が磨かれ、どんなオーダーにも柔軟に対応できるような、独自のノウハウが蓄積されていったんです。
しかし、そんな河内屋にも転機が訪れます。2000年代より媒体が紙からデジタルに移行してゆく中で、従来型の印刷依頼は徐々に減少傾向に…。「なんとか打開策はないだろうか?」と考えていた時に、ふと閃いたアイデアがありました。
それは、國澤さんのかねてからの願いであった、「自社のオリジナルブランドをつくる」ということ。
長年クライアントワークで培ってきた特殊印刷の技術や加工は、河内屋の強みであり貴重な財産です。それをうまく生かして独自の表現に落とし込むことができれば、これまでになかった新しいものを必ずカタチにできる。そう確信したんです。
湧き上がった情熱とインスピレーションに突き動かされて、オリジナルブランド第一弾のノートは、誕生を迎えることになりました。
河内屋オリジナルブランド「KUNISAWA」
「本物を追求した結果、共感してくださる方が増えていったんです」
初お披露目の場となった文具の大型展示会(2017年)では、予想を上回る大きな反響を得ることができた、といいます。
ノートに配されたのは、天金加工というコバに金箔を配する技法。この技法を継承している印刷所は国内ではたったの2箇所。その内、一つ一つ手作業で箔を塗布しているのは唯一、河内屋だけといいます。
手作業による天金加工
そんな稀少な天金加工を丁寧に施したノートはまばゆいばかりの黄金色にきらめき、展示会場の中でもひときわ目を引くスペースに!多くの人たちを惹きつけることになりました。
現代では殆ど目にすることのない天金加工の佇まいが、きっと新鮮に映ったのでしょう。もちろん、紙の品質にもとことんこだわりました。インクなじみも良く、シルキーな手触りのパスピエ紙を採用。本物を追求した結果、KUNISAWA独自の世界観が出来上がり、そこに共感してくださる方が増えていったんです。
そして、この展示を皮切りに、誰もが知る国内のハイブランドから声がかかる他、海外王室の目に留まって依頼を受けるなど、過去の延長線上では考えられなかった新たな展開に恵まれることになったといいます。
受注生産というこれまでのスタイルから、オリジナルブランドを立ち上げ外に向かって発信していくことは、私たちにとってもやはり勇気のいる決断でした。でも、やるからには大きく振り切ろう。そう覚悟を決めて舵を切ったことが、きっと実を結んだのだと思います。
自分たちが信じる本物を妥協なく追求していくことで、必ず「伝わる人には伝わる」。この時は、そう強く確信した瞬間でもありました。
「使っていただくことで、忘れかけていた身体感覚を取り戻すきっかけになったらいいなと思います」
KUNISAWAシリーズのアイテム、実はいわゆるノートという位置づけではないんですね。
たとえば、デスクの上にこのアイテムがさり気なく置かれていたとしたら…これを選び、使う人にどんな印象をもつでしょう? 細かなところに目がゆき届いたり、まわりへの配慮ができる仕事ができる人。あるいは、日常の何気ない一コマを大事にできる人の顔が浮かんでくるかもしれません。
そう言われてみれば、たしかに。「美は細部に宿る」という言葉があるように、細やかなところまで心遣いができる人は仕事や日常の中のあらゆるシーンにおいて、その存在感がまわりに確かな印象をもたらしてくれるはず。それとともに、醸し出す空気感や美しい所作や佇まいも含めて、その人となりや背景が、自然と想起されるのではないでしょうか。
ページをめくる時の何気ない所作、万年筆を使って丁寧に文字を綴る佇まいなど、誰かが見せるふとした瞬間に、ハッとさせられることがありますよね。このアイテムを使っていただくことで、忘れかけていた、そんな身体感覚を取り戻すきっかけになったらいいなと思います。
アナログからデジタルへ、さらにペーパーレス化の波が押し寄せる中で、紙の価値、そして紙に書く意味はいったい何だろう。
國澤さんはその問いと真剣に向き合う中で、失われつつある身体感覚や紙を使うことで生まれる人としての美しい所作や佇まい、という答えにたどり着いたといいます。
特にコロナ以降、ペーパーレス化の波は加速しています。しかし逆に紙がいい、大事なメモや一日の終わりに印象に残った出来事を紙に留めておきたいと考えるような、改めて紙の魅力に気づいて戻ってくる人たちも多い。だからこそ私たちにできることがある。この日本で長く育まれてきた紙の文化を再解釈して、新たなアプローチでその魅力を伝えていきたいと思っています。
「これからも人々の心の機微に触れるようなアイテムを生み出していきたい」
天金加工が施されていたり紙質にもこだわっているなど、「KUNISAWA」と同じような背景を持ち、「KUNISAWA」のパートナーのイメージで生まれたのが、PONT-NEUF」(ポン=ヌフ)。
「Create your own style」をテーマに生まれたこのブランドは、国籍や人種、年齢などあらゆる壁を軽やかに飛び越えて、自分のスタイルを自由に表現できる自立した女性、ワールドワイドに活躍する女性が使うイメージから生まれたといいます。
そんな「PONT-NEUF」のアイテムの中でも、ウィリアム・モリスの印刷を施したアイテムは、幅広い人たちに愛されているそう。
ウィリアム・モリスといえば、19世紀のイギリスでアーツ・アンド・クラフツ運動を牽引した人物で、言わずと知れたアート界の大御所。その生涯の中で膨大な数の作品を遺しました。とくに印刷に対する造詣の深さは唯一無二で、活版からシルクスクリーンまで、ありとあらゆる印刷技法を試したといわれています。
そんなモリスの世界観をアップデート、新解釈して表現したらどんな化学反応が生まれるだろう。
そんな好奇心とクラフトマンシップの精神から誕生したのが、河内屋のまさに真骨頂ともいえる、モリスシリーズです。
こちらは紙の上に樹脂を塗布したのちに紫外線を当て、縮み加工を施したものだそう。縮みから生まれる繊細な凹凸に金箔を配していくことで、金箔のもつ光沢は奥ゆきある色彩に変わり、独自の風合いと立体感を生み出しています。
クロス地のような手触りが心地よい、モリスシリーズのカバー
印刷を極限まで極め、革命を起こしたモリスは、まさにクラフトマンシップを追求した人。その精神は、僭越ながらも河内屋の仕事にも通じるものがある。これからも人々の心の機微に触れるようなアイテムを生み出していくことで、モリスの精神を受け継いでいきたい。
そう力強く語る、國澤さん。
ファッションとクラフトを有機的に融合させたライフスタイルブランドを創ることで、ジャンルを超えた新しい架け橋になりたい。フランスの「PONT-NEUF」橋にちなんで命名されたブランドは、国内のみならず、アジアやヨーロッパなど、今や世界20カ国以上にファンが広がっているといいます。
「新しい橋=新橋」を起点に、このアイテムを持つ人が様々なかたちで結ばれ、ますます広がってゆく素敵な化学反応に、これからも目が離せそうにありません。