高倉工芸
岩手県九戸村の自然が育んだ
暮らしに寄り添う「南部箒」
2022.2.4
岩手県九戸村。ここで作られている南部箒は、一般的な箒とひと味違います。
それは、穂先の独特な“縮れ”。
南部箒は、縮れた穂先が畳や絨毯の隙間にしっかりとくい込むため、細かなゴミやホコリをすみずみまで気持ちよく掃き出すことができるのです。
実際に箒を使っている人の話を聞くと、掃除機をかけたあとの絨毯からでもホコリを絡め取れるほどなのだとか…
そんな南部箒をタネから育て、手間を惜しまず作り上げているのが九戸村にある高倉工芸です。唯一無二の箒は、いったいどのように生み出されているのでしょうか?
南部箒が生まれたきっかけや、箒づくりへのこだわりを高倉工芸代表の高倉 清勝さんに伺いました。
1年かけて手間暇を惜しまずつくる南部箒
南部箒独特の「縮れ」を生み出す秘密は、九戸村の環境にあります。
九戸村には春から夏にかけて、オホーツクから吹く冷たく湿った北東風「やませ」が吹きます。この風が、箒の材料となるホウキモロコシをゆっくりと成長させ、穂先に独特な縮れを生み出すのだそうです。
ホウキモロコシを育てるには雪解けを迎えた春、土づくりから始めます。しっかりと土を耕し、一粒一粒タネを撒き、九戸村の冷涼な気候の中で育まれるのです。
農薬は一切使用しないため、収穫までは雑草との勝負。シーズンに幾度も手作業で除草し、手塩にかけて育て、夏の終わりを迎えるころには3メートルもの背丈になります。これを1本1本丁寧に刈り取り、収穫した穂を釜茹でしてしっかりと乾燥させたら、穂先の縮れ具合により15段階に拾いわけし選別をします。
この作業がようやく終わるころには、季節は冬。
一年をかけて箒になる材料を揃え、熟練の職人が一つ一つホウキモロコシと絹糸を丁寧に編上げて、美しく実用的な南部箒が生まれます。
精魂込めてつくられた南部箒は、20年は暮らしに寄り添い続けてくれる逸品です。
縮れた穂は、”失敗”だと思っていた
高倉工芸はもともと、九戸村で代々続く農家でした。
九戸村の農家では昔から
自分たちで使う道具は、自分たちでつくるもの。
と工夫をしながら暮らしを営んできました。しかし、時代の流れで便利な生活になるとともに、ものづくりの伝統や技術は継承されなくなっていました。
そのことを危惧したのが先代の高倉 徳三郎さんです。
徳三郎さんは、箒づくりの技術を一から学び、ホウキモロコシを育てます。農閑期にこしらえた箒は、近隣の雑貨屋さんへ持っていき、少しづつ販売しはじめたそうです。
しかし、当時は縮れが特徴の箒ではなく、真っ直ぐな穂の箒を販売していました。縮れたホウキモロコシの穂は”失敗”だと思い、まっすぐな穂だけを使用していたのです。
とはいえ、捨ててしまうには忍びない。商品にはできない縮れた穂を束ねて箒に仕立て、親戚に譲ったそうです。すると、後日、思いもよらない連絡が訪れます。
絨毯の細かいゴミまでよく掃除できる!こんな箒は今まで使ったことがない!
思いがけず出来た箒をきっかけに、高倉工芸の大きな特徴となる独特な”縮れ”のある南部箒が生まれました。
育てる難しさ、真摯なものづくり
現在、高倉工芸の代表を務めるのは二代目の清勝さんです。
清勝さんは高倉家の長男に生まれ、農家を継ぐつもりで県内の農業高校・農業大学校に進み、養豚の勉強をし、県内の養豚場で3年間修業しました。地元に戻り数年養豚をしたあと、親との話し合いで箒職人になったそうです。
農家になることしか考えていなかったので最初は戸惑いましたよ。箒なんて今までつくったことがなかったですからね。
昔の職人さんは作り方を簡単には教えてはくれないので、箒づくりはとにかく見て覚えました。箒づくりの流れを知るまで4〜5年はかかり、未だ修業はつづいています。
栽培から販売までを行う清勝さんが、もっとも難しく感じる工程は”育てる”農家の部分だと言います。
ホウキモロコシの栽培は気候に左右されます。科学的な根拠はありませんが、自分たちの経験から寒い方が縮れが強いんです。
毎年、天気をよみながら試行錯誤していますが、28年間箒づくりを続けてきて、収穫も縮れも良く「うまくいった!」と思えた年はたった1回だけでしたね。
経験だけではどうにもならない難しさがあるんです。毎年、どうしよう、どうしよう、と言いながら作業していますよ。やめるまでずっとそうかもしれませんね。
と清勝さんは笑います。
お客さまの”声”が創作の源
ものづくりとは別に、清勝さんが創業当時から大切にしているものがあります。
それは、お客さまの”声”。
声を聞くため、高倉工芸では全国の百貨店やギャラリーで展示・販売を展開しています。
お客さまが実際に目で見て、体感して、納得して購入していただけるようにしています。そして、お客さまとのコミュニケーションから創作のヒントもいただいています。
欲しいものって人によって違いますよね。自分たちの想いを押しつけるのではなく、お客さまの声を聞き、喜んでもらえるものづくりを大切にしています。
現在人気のペットブラッシング用の「癒しほうき」も、お客さまたちの声から生まれた商品です。「この箒でペットを撫でると喜ぶのよ!」という声を多くもらうようになり、試行錯誤の末、商品化したのだとか。
声を聞くことで、高倉工芸は南部箒を進化させてきました。
さらに、最近では海外からも注目されています。
高倉工芸のもとには、アメリカやフランス、カタールからも注文が寄せられています。清勝さんは、日本国内だけに留まらず、世界にも南部箒の魅力を伝えていきたいと話します。
海外には室内箒の文化がないからこそ、日本で昔から使われてきた箒を伝えていけたら面白いですよね。そしてこの先、南部箒の技術を後世へ残していけるようにすることが私の使命だと思っています。
世界中から愛される日本の伝統工芸「南部箒」は、暮らしにやさしく寄り添い、毎日の掃除を豊かなものにしてくれるはずです。