坂倉 善右衛門さん
伝統から伝説へ。
有名高級旅館も魅了される萩焼
2021.6.25
有名高級旅館の空間演出を手掛ける作家
極上の空間づくりで名高い高級温泉旅館「星のリゾート 界 長門」。その客室の調度品を任されたのが萩焼の陶芸家・十代目坂倉 善右衛門さんです。客室ひとつひとつに異なる作品をしつらえ部屋全体の空間演出を手がけました。
また、館内にある極上のくつろぎ空間「トラベルライブラリー」では、読書しながら善右衛門さんのカップでコーヒーを飲むという贅沢時間を過ごすことができます。
星のやの客室
「故きを温ねて新しきを知る」注目の萩焼陶芸家
「伝統」をつくるとは、古いものを大切にしながら新しいものを築くことなんです。
と善右衛門さん。
祖父の代で一度は途絶えてしまった窯の火を再び灯し、前衛的な感性を交えながら江戸時代から続く萩焼の伝統を守り続けています。
「伝統」とは、生きて流れているものだと言われています。
古い技術を模倣して、1を1のまま継承すること、それはただの「伝承」です。
先人たちから受け継いだ優れた技術を一層磨き上げ、今日の生活に即した新しいものを築き上げること、それが伝統工芸をつくる私たちの責務です。100年後に残るものを作るためには、今の時代に即したことをやらないといけないんです。
そう語る善右衛門さんの作品は、これが伝統工芸品の萩焼?と思うほどダイナミックでモダンなものが数多くあります。
一楽、二萩、三唐津
萩焼とは、装飾がほとんどなく、素朴で柔らかい質感が特徴の山口県の伝統工芸品です。古くから「一楽、二萩、三唐津」と言われ、茶陶として茶人たちに愛されてきました。
萩茶碗
その魅力は、使いこむほどに出てくる深い味わい。萩焼には、使ううちに器に「貫入」と呼ばれる小さなヒビが入り、そこにお茶やお酒などが浸透し色合いが変化していきます。このように時の流れと共に次第に味わいが増していく様は、茶の湯の精神である「わびさび」に通じるものがあり、なんとも趣深いものです。
そんな情緒を感じる萩焼ですが、善右衛門さんは古い固定観念にとらわれず、斬新なアイデアを形にし続け、まわりを驚かせています。
作品名:フェイク
作品名:カニ付花器
その感性は萩焼の大御所・三輪 休雪氏も「この方向性いいんじゃない」と認めるほど。
そんな善右衛門さんの作品のひとつ、陶魚はとてもリアルで萩焼の素朴なイメージとはかけ離れています。
作品名:陶魚 クロダイ
「はじめは焼きすぎて黒焦げの焼き魚のようでした」と笑いながら話してくれた善右衛門さん。なぜこのような作品を思いついたのか伺うと、
魚が好きだったんです。長門は海が近くて魚がおいしいから。でも食べたらなくなってしまうから、魚拓にして記念に残すみたいに、立体でそのままの形を残したいと思ったんです。
純粋に自分がいいと思ったものをつくる善右衛門さん。芸術的な作品だけでなく、私たちの日常生活になじみやすいカップなどの器類も作っています。もちろんここにも善右衛門さんらしいこだわりが。
こちらは同じ山口県の伝統工芸品「赤間硯」の原石の赤色頁岩(せきしょくけつがん)を釉薬に利用して、硯の美しい漆黒の色合いや質感をカップに再現しました。
水を飲む、コーヒーを飲む、お酒を飲む。
一日の中で何度も行う「飲む」という身近で当たり前な行為も、こんな想いのこもった萩焼で行うと、とても大事で愛おしく感じられます。
次の代まで継承し「伝説」を見届ける
萩焼の「伝統」を守り紡いでいる坂倉 善右衛門さん。
今使える原料でどう表現していくか、を追求して多くのバリエーションを生み出したいですね。それをひとつでも100年後まで技術として残していけたら。「伝統」が100年残ったら、それは「伝説」になるんです。
伝説になるかもしれない善右衛門さんの萩焼。
時の流れとともにカップに入る貫入を眺めながら、子の代、孫の代まで大切に使っていきたいものです。