2021.4.28
体感する快適さ
そのコレクションに、数百万円を注ぐコレクターも存在するという「パンツ」がある。2000年創業当時メンズアンダーウエア業界に旋風を起こして以来、このコロナ禍に於いても過去最高の売り上げを誇る「TOOT(トゥート)」だ。
今回、これまでメディアに登場することのなかったTOOT生みの親・大石 卓さんが、By Emotionのインタビューに応じてくれた。「隠れていたわけではなく、タイミングがなかっただけ」と言うこのパンツ業界の風雲児は、純粋芸術を愛する一人のアーティストだった。
TOOTのパンツが男性を虜にする最大の理由は、20年経った今も他社が真似できない精密な縫製にある。穿いた途端体感する“収まり”の快適、その格別な穿き心地を知ると、もう他では物足りなくなるという。
しかしTOOT創業当時の大石さんはアパレル職人でもデザイナーでもなく、イラスト制作や専門学校の講師、海外ブランドのVMDにも就いていた。
TOOTというパンツ屋を始めたのは30代。学生時代からファッションが好きでアパレルに勤めたこともありましたが、それは生活の糧でもあり、本来はとにかく絵を描くことが好きなんです。
大石 卓さん。古いマンションの1フロアをリノベーションした自宅兼アトリエにて
人生において、芸術活動とビジネスには一線を画している。
アートは自分にとってのサンクチュアリであり自由な世界。ビジネスは数字が結果を出すものですから。
そう語る大石さんは、歴史ある神社境内を借景にした美しいアトリエに暮らしている。
「描くこと」は人生の礎
ブラジルで過ごした幼少期から絵を描くことが好きで、帰国後、入学した高校に美術部がなかったという理由で地元の美大予備校に“転校”した。
高校時代を予備校で昼夜問わず描いて過ごしたから、大学受験時は美大3浪と同じくらいのレベルだったのかも。
という大石さんは、当時倍率50倍以上だった東京藝術大学絵画科油画専攻にストレートで入学。
浪人をした年上の同級生が多かったため居心地が悪く、それを払拭するよう、とにかく上手くなりたい一心で絵を描き続けました。
しかし、芸大を卒業しても画家は生業に選ばなかったという。その理由は「描きたい時に描くから」。自己陶酔型ではないし、絵を描くことにビジネスという使命があると行き詰まる。だからアパレルや飲食業に携わる傍ら、衝動に駆られると描き始め、満足すると止めるを繰り返してきた。
大石さんの作品は肖像画やヌードなど多彩だが、なかでも動植物モチーフの油画が印象深い。動植物であっても人間と同じ胸像のイメージで描くというその世界観には、蠱惑(こわく)的な美しさや深遠な色遣いにセクシュアリティが潜み、作品に惹きつけられるひとときに幻想的な心地良さを感じる。
大石さんの作品(左:Dog/犬、右:Carp/鯉)
たとえば人の顔を見るとき、私たちは顔全体を一度に見ているようで、実は片目ずつの視認の繰り返しで全体を捉えています。だから私が描く肖像画も左右の目が違い、よく見る方がピンポイントになる。それが肖像画に“見られている”錯覚を起こし、そこから作品との対峙が生まれるのではないでしょうか。
可愛い動物に潜む怖い本性、獰猛な動物の優しい一面など、その表裏に興味があると言う。これらの動物シリーズは、伊勢丹の社内報『i press』表紙として連載されていた。
百貨店での発見そして疑問
伊勢丹の社内報に携わる一方、海外ブランドのVMDの仕事で各地の百貨店も訪ね歩いていた。
その時、百貨店内で昨対販売実績を割らない商品が化粧品とメンズのパンツだと知りました。ところが、当時から感度の高いお客様の多い伊勢丹でも、メンズのパンツ売り場を牽引するのは海外ブランドの1社だけだったんです。
でも、有名ブランドのパンツとはいえ、クオリティが高いとは言えませんでした。パンツとしては高額なのに、使い始めるとすぐ生地や足口が伸びてしまう。
当時おしゃれな人はみんなそのブランドを穿いたけれど、絶対納得しているハズがないと感じたのが、パンツのブランドを作ろうと思ったきっかけです。そこに勝算を見たというより、ブランドネームありきのモノづくりに対する反骨ですね。
衣食住すべてにおいて“人が一生懸命作ったものが人を感動させる”と考える一方、恥ずかしいから自分の絵は積極的に売らないと言う大石さん。
でも、商業ベースに流通するパンツを売るなら、1枚でも多く売れて欲しいと思いました。もう、渋谷のスクランブル交差点を歩く全員が穿いていてほしいくらい(笑)
自身の芸術性をビジネスに映すアーティストも多いなか、大石さんは本当に穿き心地の良いパンツの“機能”を第一に考え始めた。だから、今も定番人気のTOOT初代モデル「BASIC」は、大石さんのアグレッシブなアート作品からは想像できないほどシンプルだ。
Interview <大石 卓 / Taku OISHI>
男性下着を一新したアーティスト 後編