松田 光司

野球殿堂レリーフも手掛ける
作品に命を吹き込む彫刻家

2022.12.2

 

まるでそこに存在しているかのようなリアリティ。

その人が纏う空気感までも伝わってくるような、細部にまで至る繊細な作り込みには思わず目を見張ります。

 

 

 夜会舞踏Ⅴ


 

そんな作品を生み出すのは、野球殿堂の表彰者レリーフ(浮き彫り)をはじめ、様々な具象彫刻を手掛ける日本屈指の彫刻家・松田 光司さん。

 

 

厳格なイメージのあった彫刻家の印象が一変するような、気さくなお人柄の松田さんに作品との向き合い方について伺いました。

 

 

命を吹き込む。粘土からつくる具象彫刻

彫刻と一口にいっても扱う素材など種類は様々ですが、松田さんが手がけるのは主にブロンズ製の具象彫刻。人物や動物など具体的なものが題材となります。

 

彫刻家といっても木や石でつくる方など様々ですが、僕は粘土でつくります。

僕の場合は彫るのではなく、針金と細い木を使って軸となる心棒をつくり、それに対して粘土を取ったり付けたりして、形づくっていきます。

 

そして粘土で作ったものを石膏取りすることで、石膏像として出来上がります。さらにその石膏像からブロンズにするための型をとり、溶かしたブロンズを流し込み、作品が完成します。

 

筋肉のメリハリや、しなやかな動き。

命を吹き込まれたかのような作品たちは、静寂のなかでその瞬間を記録します。

 

 

 彼方へ(左) 夜会舞踏Ⅲ(右)

 

 波紋静

 

 

30代で異例の抜擢、野球殿堂レリーフ

そんな松田さんの彫刻家人生のなかでも転機と振り返るのが、野球殿堂入り表彰者のレリーフ制作。野球好きならずとも、一度は目にしたことがある人も多い日本野球界の歴史を刻むものとして後世に受け継がれています。

 

2002年から僕がつくった70枚以上の表彰者レリーフが野球殿堂の博物館にあります。野球殿堂のはじまりは1959年からで、今現在200名以上の方が表彰されているんですけど、そのうちの3分の1くらいは僕が作ったレリーフになります。

松田さんが手掛けた野球殿堂入り表彰者レリーフ(野球殿堂博物館

 

 

長年にわたり大役を務めた松田さんですが、依頼が舞い込んだ当時はまだ30代だったというから驚きです。

 

僕は4代目としてお話をいただいたんですけど、初代から3代目までの方はすごく実績を積まれた名誉職のような彫刻家の方だったので、当時30代の若造だった僕が候補に上がっただけで驚きでした。候補者としてあがっただけでも嬉しく思っていたので、僕に決まったと聞いた時は本当にびっくりしました。

 

その後、日本野球発祥の地のモニュメントや箱根駅伝90回記念モニュメントなど、多方面から制作依頼が舞い込み、全国40カ所以上に作品が設置、収蔵されています。

 

 

さらには定期的に個展も開催され、風などの目に見えないエネルギーを表現した「一枚の布シリーズ」をはじめ、彫刻表現の新たな可能性を開拓されています。

 

 

 日本野球発祥の地のモニュメント(学士会館・東京都千代田区)


  箱根駅伝90回記念モニュメント「絆」(読売新聞東京本社・東京都千代田区)

 

 

「他人が見るような客観的な目で作品に向き合いたい」

そんな作品と向き合う日々のなかで、大切にされているのは客観的視点だという松田さん。

 

彫刻家って1つの作品に対して一点入魂ってイメージないですか?実はそんなこと全然ないんですよ。

 

作品づくりをしていると、どうしても主観的になってしまうんです。でも僕は途中客観的に、他人が見るような目で作品を見たいんです。そうするために精神的にも物理的にもその作品から一旦離れる方法として、別の作品をつくります。

 

そうして一旦離れることで客観的に“ここが違う”と気づけるんです。そのために、わざと同時にいくつも作っています。

 

お子さんをモデルにした「雨あがり」

 

 

具体的な対象物を作る具象彫刻では、似ていることは大前提。

作品と距離を置くことで、主観に偏ると見えてこない微かな違和感を見逃さないようにしているといいます。

 

 

 松田 光司さん

 

 

30年を超える彫刻家人生――。

作品に向き合い続ける日々を、「彫刻ができることが只々楽しい」と語ってくれた松田さん。

 

 

夢中に勝るものはないと感じさせてくれるその姿から、今後の更なる活躍に期待が膨らみます。

 

 

 

プロフィール

1965年 愛知県春日井市 出身

1989年 東京藝術大学美術学部彫刻科卒業

    サロン・ド・プランタン賞(東京藝術大学、卒業制作展)

    新作家賞(東京都美術館、新制作展)を受賞

1991年 東京藝術大学大学院 美術研究科彫刻専攻修了

1997年 御茶ノ水美術専門学校 非常勤講師(2008年まで)

1998年 明星大学日本文化学部造形芸術学科 非常勤講師(2015年まで)

2001年 ルーヴル美術館提携NPO(特定非営利活動法人)グラン・ルーヴル・オ・ジャポン理事就任(2008年より「日仏子供ヴィジョン」に名称変更)

2016年 日本芸術メダル協会理事就任

 

 

パブリックコレクション

箱根駅伝90回記念モニュメント「絆」(読売新聞東京本社・東京都千代田区)

「日本野球発祥の地モニュメント」(学士会館・東京都千代田区)

「秩父宮勢津子妃殿下像レリーフ」(御薬園・福島県会津若松市)

「野球殿堂入り表彰者レリーフ」2002年以降毎年制作(東京ドーム・東京都文京区、甲子園球場・兵庫県西宮市)

「統治する者」(秋田県立近代美術館・秋田県横手市)

「飛翔―育みと創造」(朝日信用金庫本部ビル・東京都千代田区東神田)

 

これらの場所をはじめとして全国に40ヶ所以上設置、収蔵される。