By Emotion
漆とは、自然・時間との協業
「漆」と聞くと、お椀など和食器を思い浮かべる方が多いかもしれません。そんなイメージに対して、青木 伸介さんは、「実は、漆には様々な表現があるんです」と言います。「塗って完成」と思われることもある漆の作品ですが、そんなことはありません。塗った後、乾くまでの時間に刻々と表情を変えますし、出来上がった製品も使うにつれ、経年で色合いが変化します。
漆の作品には、自然に対して時間をとってあげる必要があって、
塗った漆が乾く時間が作品を高めてくれる、つくってくれるんです。
と教えてくれました。
青木 伸介さん
漆芸の道を進むきっかけ
幼い頃からつくることがとにかく好きで、「ものを見るより、手を動かしてつくりたい」少年だった青木さん。漆芸の道に進むきっかけとなったのは高校生のとき、東京藝術大学に工芸科があることを知ったこと。当時、阿修羅像など仏像も好きだった青木さんは乾漆像から漆に興味をもち、漆と麻布でできた像の存在に魅力を感じたそうです。
東京藝術大学大学院を修了後は漆芸作家として活動。漆を用いて自身の表現の幅を広げていきたいと、従来の枠に囚われることなく麻布や紙を漆で貼り合わせて平面・立体の作品をつくり続けています。
ベトナムなどアジアや日本の各地域にも足を運びつつ、これまでは関東を中心に活動していましたが、近年は広島に拠点を移して地域に昔から存在する工芸や素材を研究しています。
これについて青木さんは、
工芸は、地域の資源でつくるのが基本。自分の作品にそれを取り入れることの重要性に気づかされ、広島に来てからは地域の素材で制作したいという気持ちが強くなりました。
と語ります。
そして、調査を進める中で、今回の受賞作「湛える」に使用した大竹和紙に出会います。
青木さんのアトリエ
「湛える」
作品「湛える」の素材は漆、麻布、砥の粉、地の粉、胡粉と大竹和紙。広島県の西端に位置する大竹市では、江戸時代初期から小瀬川の清流と山間地で栽培されるコウゾで手すきによる和紙が作られてきました。現在は保存会がその技術の保存と継承を担っており、小規模ながらボランティアや地域の協力により製作が続けられています。
地域の伝統的な物づくりが、想いを共有した様々な人々を繋ぐ拠点となりコミュニティを形成していることに、新たな伝統の形を感じます。
と、和紙という素材のみならず、地域における大竹和紙を中心とした繋がりに着目した青木さんは作品への起用を決意。あえて製造過程で不均一な厚みになった不揃いの和紙を用いることにしました。
大竹和紙をすく
制作に着手して2ヶ月。手すき和紙ならではのコウゾの繊維が、漆によって接着され塗り込まれることにより、独特な表情となり浮かび上がってきます。漆も刷毛で「摺り込む」という表現が近いほど、念入りに何度も塗り込みます。
どのような表情を見せてくれるかは乾くまで分からず、乾いて、摺り込んでを繰り返して徐々に艶が出てくる。それは、完成にむけた作業というより、素材の表情を引き出していくという感覚に近いと言います。
作品制作風景
こうして完成した作品のタイトル「湛える」は、水を汲み、湛え、扱う人の営みを反映したもの。手を合わせて水(資源)を汲む、その行為に「伝統と未来」の形を重ねたとのこと。
制作して気持ちが良いのは、「思っていたような漆の表情が出たとき」という青木さん。それには手本となる完成形はありません。
漆の作品づくりは、素材のもつ自然の表情を引き出していく感覚、必ずしも自分主導ではないことに気づかされます。時間とともに自然とつくる協同作業、「自然とのコミュニケーション」という感覚で、漆のもつその懐の深さが自分の感覚には合っています。
と言います。
今後について青木さんは、今回の「湛える」のように地域に由来する資源を用いて独自の表現で作品をつくり、地域を盛り上げていきたい、と話してくれました。
受賞作品
作品名:「湛える」
寸法:幅28cm/高さ27.5cm/奥行き26cm
素材:漆、麻布、大竹和紙、砥の粉、地の粉、胡粉
技法:乾漆