By Emotion
いま、多くの国内の伝統工芸事業者は、「高齢化した男性職人が多いこと」「後継者の不足」に直面しています。そんな課題を背景に活動する「凛九」は東海三県(愛知・三重・岐阜)の伝統工芸に従事する9人の若手女性職人が結成したグループ。各メンバーが「個」の職人としてだけでなく、グループとして発信しています。そして、その活動が課題を生み出す仕組みを変えつつあることが評価され、このたび日本和文化グランプリ特別賞を受賞しました。
凛九、結成
2017年10月。日頃感じる課題や未来への夢を語り合う中で、「今まで誰もしていないけれど、若い職人が集まればあたらしい伝統工芸の未来が切り拓けるのではないか」と伊勢根付の職人であり凛九代表の梶浦 明日香さんが地域の女性職人たちに声をかけ、女性職人グループ「凛九」を結成。
凛九という名前は、長い伝統を受け継ぐ伝統工芸の職人として、「『凛』と前を向いて進む集団でありたい」、「たくさんの人と共にリンクして、伝統工芸の輪を広げていきたい」という願いを込めて名付けられました。9人のメンバーから始まったことから「九」と入っていますが、ゆくゆくはたくさんの伝統工芸が受け継がれることが彼女たちの願いです。
職人は基本的に師匠と自分、もしくは個人で仕事をしています。そのため他の人と会話をすることも少なく、思いを共有できる機会があまりありません。個人だけではなく、グループの活動を通して切磋琢磨し、日頃の思いを共有する仲間ができることは、長く工芸を続ける上でとても大きな意味があります。
また、一人では到達できない少し高いステージに挑戦する機会を得られることも、グループ活動の大きな魅力。それが各人の成長や技術向上にもつながっています。
たとえば、自ら企画し持ち込んだ徳川美術館での作品展では、学芸員が「美術館に収蔵されている国宝のような工芸も、こうした地域の若手職人が育ってこそ」と、内部で掛け合ってくれ、存命作家のグループ展としては前代未聞の開催につながりました。この地域の若手の職人が集まっているからこそできた経験です。
しかし、徳川美術館の国宝と並び共同展示として自分たちの作品が展示されることは、若手だからと言って生半可では許されません。宝物を見に訪れる目の肥えた観覧者の美意識に耐えうる作品をつくる必要があります。各個人の持ちうる最大限の技やアイデアを詰め込み、日頃の作品から一歩も二歩も挑戦した展示は、職人としての技術向上にもつながったそうです。
2019年に徳川美術館で行われた作品展の様子
また、職人同士が共同でコラボ作品を作るなど作品の幅が広がったり、ある工芸のファンが、別のメンバーの工芸に興味をもち購入につながるなど、伝統工芸の輪がリンクし、相乗効果でそれぞれの職人活動が活性化されています。
「凛九は発信の場」と言い切る代表の梶浦さんは、元NHKのアナウンサー。東海地域の伝統工芸を紹介する番組を担当していたときに、「素晴らしい技術、作品なのに後継者がいない」ことに愕然とします。そして、この素晴らしいさまざまな伝統工芸を後世に残すには、伝統工芸や職人の地位向上が必要不可欠と感じ、人間国宝のような職人たちに自ら発信することを提案しますが、「それは素晴らしいことだけれど人前に出ることは苦手だから」と断られてしまいます。
それならば、「自分がアナウンサーを辞めて職人となり、伝統工芸の魅力を発信するしかない」と、職人の道を歩むことを決意。取材を通じて知った伊勢根付の職人に師事します。
伝統工芸の特徴の一つは、背中や作品で見せる「言葉で語らない美学」があることです。その価値観は素晴らしいのですが、ものづくりが身近でなくなった現在、その美学ゆえに魅力が伝わらず、衰退しているのが現実。
この状況を変えるには、工芸に魅せられて、自ら職人となった若い世代が集まり
「この工芸は、こういうところがすごいんだ」
「この工芸にはこういう価値観があり、こんなところを大切にしているんだ」
と、ひとつの工芸に携わる職人としてではなく、
「チーム伝統工芸」として伝統工芸や職人の魅力を発信することで、全体として
「伝統工芸って、職人ってかっこいい」
と若い世代の人に気がついてもらうことが必要だと思いました。
と梶浦さんは話します。
その工夫の一つとして、凛九には9人に加えてグラフィックデザイナーがついており、次世代への訴求力を高め、洗練されたイメージで伝統工芸の発信をしています。作品に込めた思いやストーリーを大事に、細部にまでデザインされた魅せる展示をしていることも、彼女たちのこだわりです。
一方で、凛九にとってもっとも大切なことは、あくまでもそれぞれの本業。凛九に時間を割かれることなく自分の工芸に集中できるよう、合理的に目的を都度明確にして活動しています。新型コロナウイルスの影響が出る前から、リモート会議も当たり前。SNSやYoutubeといった、あたらしい形での表現にも力を入れ、これまで届かなかった自分たちと同じ世代だけなく次世代の人々にも伝統工芸の魅力を発信しています。その活動は全国に波及し、凛九をモデルケースとした活動も生まれています。
伝統工芸の講演会
若手職人の「やりがい」を作りたい
素晴らしいけれど、新しい挑戦がしづらい。また、「挑戦する」という機会もなかなかないという、現在の伝統工芸界。
「可能性はある」ことを職人に伝えられたら未来があると思うんです。
と梶浦さんは話します。
ともすれば、「発信ばかりして、本業が疎かになっている。若い子がチャラチャラ遊んでいるだけだ」と、受け止められかねない凛九の活動。むしろ本業だけを追求している方が、波風も立ちません。しかし、従来のやり方のままでは衰退してしまうという現状があります。その葛藤の中で、それでも伝統工芸の灯を絶やしたくない。
伝統工芸は日本が世界に誇る宝だと信じるからこそ、彼女たちは本業だけでも大変な中で、あえて凛九という挑戦を続けています。そんな葛藤を抱えつつ成長を続ける凛九からは、日本の伝統工芸界がこれから歩むであろう、ちょっと先の未来を感じます。
「凛九」メンバー紹介
○伊勢根付職人 梶浦 明日香
凛九代表 元NHKアナウンサー
NHK時代に『東海の技』というコーナーを担当し、様々な職人を取材。伝統工芸の素晴らしさやそこに込められた思いに感銘を受けるとともに、このままでは多くの伝統工芸が後継者不足のため失われてしまうと危機感を感じ、2010年伊勢根付職人である中川 忠峰氏に弟子入り。
2016年 伊勢志摩サミット会場ホテルにて作品展示
2018年 『DISCOVER THE ONE JAPANESE ART in LONDON』大賞受賞
2019年 『JARDIN展 in Abu Dhabi』人気アーティスト賞受賞
『国際交流基金 現在・木彫・根付海外巡回展』招待アーティストとしてマニラで講演、ワークショップを実施
2020年 『第25回 日本の美術 全国選抜作家展』柴山哲治賞受賞
『国際交流基金 現在・木彫・根付海外巡回展』招待アーティストとしてソウルでZOOM講演
HP: http://asukanetsuke.wix.com/netsuke
○伊勢一刀彫 太田 結衣
「一刀彫 結」
1988年生まれ 三重県出身
2008年 女子美術大学短期大学部卒
2010年 多摩美術大学 彫刻学科卒
2010年 伊勢一刀彫の職人である岸川 行輝氏に弟子入り
一刀彫 結では、そこにあるだけで「ほっこり」できるような一刀彫をコンセプトに、伊勢一刀彫のいさぎよさ、かっこよさも残しつつ女性ならではの感性を取り入れ、現代に合った一刀彫を生み出します。現在、主に神宮や全国各地の神社のえと守(一刀彫のお守り)を製作。他にもBEAMS JAPANとのコラボ商品や、今までになかった使える一刀彫の製作にも力を入れています。
○伊勢型紙彫師 那須 恵子
「型屋2110」
2010年に彫師を志し岐阜市から鈴鹿に移住。突彫りの職人である生田 嘉範氏に師事。小紋・浴衣・手拭い・印伝など染め型紙を多岐にわたり承る。
LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2018三重匠。伊勢型紙ジュエリー星月夜+産地問題解消のためIsekata Star Projectを発表。
2018年版、2021年版三重県民手帳の表紙カバーを制作。
伝統の技を尊び自らの技術を磨くと共に、展示やワークショップなど工芸の普及に努め、新たなプロダクトや柔軟な発想で現代の彫師を模索している。
HP: https://kataya2110.jimdofree.com/
○漆芸 大内 麻紗子
「Urushi一滴」
香川県で讃岐漆芸を学んだ後、伊勢の地で神職が履く浅沓の製造技術を習得する。浅沓に使われている一閑張りの技術を生かした美濃和紙とのコラボ作品や、讃岐漆芸の特徴である漆を彫る技術を生かした作品づくりを行っている。
展示会などでは漆の表現の豊かさを知ってもらえるよう、一般的な漆器のイメージとはひと味違った漆作品を提案している。
mail: mm.urushi@gmail.com
○尾張七宝 田村 有紀
「田村七宝工芸」 ゴダイメ
1883(明治16)年創業 七宝焼発祥の地にて代々続く日本の伝統工芸品 尾張七宝・七宝焼の窯元「田村七宝工芸」のゴダイメ。七宝焼発祥の地、唯一の跡継ぎでもある。
七宝の再認知、伝統産業の再構築を図るため七宝ジュエリーブランド立ち上げ。七宝ジュエリーのみでなく職人として、作家として作品も定期的に発表。アーティスト衣装提供(ヘッドドレス)制作、講演会講師、七宝のテーマソングを作りCDリリースするなど挑戦を続けていく活動スタイルが評価される。伝統を守りつつ挑戦を続ける「職人は常に先駆者」というコンセプトは、自身や地域、他の伝統工芸の未来へのつながると考えている。5年間でメディア掲載は各種150本を超える。
2008年 日本七宝作家協会展にて「COTTON七宝花瓶」入選
2008年 在学中から音楽活動を開始しCD各種リリース。オリコン入り
2015年 JAPAN POP CULTURE AWARDにて「エビフライ七宝髪留め」入賞
2016年 七宝ジュエリーブランド「SHIPPO JEWELRY -TAMURAWHITE-」を立ち上げ
2017年 日本七宝作家協会展にて「不死鳥七宝花瓶」入選
2018年 七宝新作展にて「葉脈文様七宝変形額」愛知県あま市教育委員会教育長賞 受賞
2020年 名古屋松坂屋本店にて個展「Cutting – Edge」開催
2021年 全国伝統的工芸品公募展にて「七宝ホーンスピーカー -流線-」入選
○有松鳴海絞り 括り職人 大須賀 彩
「彩Aya Irodori」デザイナー
江戸時代の初めより400年の歴史を誇る有松鳴海絞り。布の一部を糸で「縫う」「括る」「挟む」の3つの動作を施し染色して柄を出す日本古来の染色技法。有松に伝わる100種類の絞り技法を組み合わせ生地の特性を活かし加工しデザインしていくデザイナー兼職人。
欧州で有松鳴海絞りを用いた作品を展開していたsuzusanなど2個所に弟子入りし10年の修行を経たのち2017年に独立。
伝統の技を受け継ぐとともに、現代の感性をも取り入れた商品提案をしている。2020年旧東海道沿いにアトリエオープン。教育現場にも力を入れ講演会や施設の環境に合わせて様々な絞りワークショップをコーディネートすることができる。
○伊賀くみひも 藤岡 かほり
「藤岡組紐店」
大学卒業後、会社勤務を経て藤岡組紐店の四代目と結婚し、家業である組紐づくりをはじめる。複雑な柄も出せる高台で組む女性の内、最若手。
家族経営なのでお客様からの細かいご要望にも柔軟に対応可能。主に着物の帯締めのほか、プチギフトにもなるストラップやキーホルダーなどの製作、また各地でワークショップを開催。
HP: https://www.fujiokakumihimo.com
○豊橋筆 中西 由季
「筆工房 由季」
豊橋筆は「水を用いて練り混ぜ」をするので墨になじみやすいため、書き味がすべるようだと認められています。京都伝統工芸大学を卒業。
2010年地元豊橋の豊橋筆の伝統工芸士、川合 福瑞氏に弟子入り。
2016年に独立。2020年「筆工房由季」を設ける。
主に書筆の太筆を製作している。使い手に寄り添い、丁寧な仕事を心がけている。生の声を大切に、自ら書をしたり販売や全国にワークショップにも努める。
○美濃和紙 松尾 友紀
「紙々是好日」
東京出身、元ホテルマン。ギャラリーで見た障子越しのあかり、障子を隔てて内と外の緊張感と柔らかさを醸し出す和紙に惹かれこの世界へ。
埼玉県小川町の和紙スクールに通った後、2002年福井県で越前和紙の紙漉き業に従事し紙漉きのイロハを学ぶ。その後2006年美濃市へ移住。本美濃紙保存会会員の鈴木はぎ、豊美両氏に師事し2009年独立。本美濃紙保存会研修生として日々紙漉きに励む。
ワークショップを通じて、柔軟性や強靭性、可能性や創造性豊かな和紙の魅力を伝え、和紙のある豊かな暮らしを提案。基本を大事に、温故知新をモットーに現代にマッチしたものづくりに挑戦。和紙を通じて広がる世界を楽しんでいる。
mail: minokaminntyu@gmail.com