2020.12.26
中軽井沢駅から北に車を走らせること10分ほど。
背の高い木々に囲まれ鬱蒼とした雰囲気の千ヶ滝エリアに、山本さんが物件を購入したのは2019年末。
築約50年の小屋をフルリノベーションし2020年8月に概ね完成したのは、細部まで「好き」が透徹した、羨ましいほど自由な空間。
エントランスをフランク・ロイド・ライトの照明が暖かく照らす
「リノベーションは本当に楽しい」という山本さんには、恵比寿のマンションも自らの設計でスケルトンから改装した経験がある。
ワンルームのリノベーションであればなんとか自分でもプランを考えられますね。家をイチから建てるとなるとさすが難しそうですが……。自分のプランが故の贅沢さがあり、心地が良いです。
設計には建築家を入れず、自身で施工会社や使用素材を選んだ。
縁側部分は残した。敷いたタイルにもこだわりが
軽井沢での過ごし方は、仕事の日はデスクワークや5、6本のZOOM打ち合わせをこなす日が多い。合間に、近くの「トンボの湯」に行きサウナに入る(ちなみにロケハンみたいな旅が好き、という山本さんは旅行先にサウナがあればしばしば立ち寄る)。休みの日は友人が来ることが多く、敷地内でバーベキューを楽しむことも。
元々軽井沢にはちょくちょく来ていたという山本さん。
購入にあたって10軒ほど見たけれど、小屋のそばを流れるせせらぎがこの物件の決め手だったという。
この小屋に巡り合ってなければ、まだ軽井沢には購入してなかったかもしれません。
新型コロナウイルスがこのようになる以前には、月に2回ほど軽井沢に来られたらいいかなと思っていたのだが、コロナ禍で会社もリモートワークとなり、こちらがメインの拠点となったという。これから初めての冬を迎える。
基本、いられるだけ軽井沢で過ごすようになってます。
距離をテクノロジーでハックする
「不便なところに住みたいわけではないんです」と山本さんは話す。
軽井沢暮らしのテーマは、都心から離れながらも生活の質を極力変えないこと。多くの家電がネットワークにつながっていて、最先端のスマートハウスが構築されている。
OK Googleの一声で大きな窓にロールスクリーンが降り、部屋の左右の隅に置かれたB&Oのタワー型フロアスピーカーからはAmazon Music HDでお気に入りの曲が流れる。宅配ボックスもネットワーク機能がついたものである。
ジェニー・ホルツァーの作品もスマートフォンで操作
料理もしっかりするので、広いキッチンに本格的な冷蔵庫(米VIKING社)を装備。知り合いのオフィスの移転に伴い譲ってもらったものだという。調度品ひとつひとつのセレクトも選び抜かれた結果だ。
イソップのケアアイテムはまるでショップのよう
スキャンサームの薪ストーブ。横の薪ラックはアリババでオーダーした
クローゼットは横一面に広くとられている
室内には至るところにアートが置かれている。
山本さんはコンテンポラリーアートを中心に、(通常の年であれば)国内外で年間100を超える展示会に出向くほどのアートフリーク。
アートを通して、アーティストが世界をどうみているか、を自分にインストールしようとしているところがあるのだと思います。魅力的なアーティストには自分の世界があって、その世界には独自のプロトコルが存在しています。僕はスタートアップの経営者という仕事の上では資本主義にどっぷり浸かって日々を生きているわけですが、資本主義のルールだけに目が行くと、より大きな視点を見失ってしまいそうになることも珍しくないのです。常に様々な角度からの視点に触れ続けることでバランスを保っているところがあると思います。
1点ずつ丁寧に作品の説明をしてくれた山本さんには、親交のあるアーティストも多い。
アーティストも命がけで描いているわけで、ペインティングを買うということは、その肉を喰らうことに近いところもあると感じます。よっぽど好きでないと買えないです。好きで好きでしょうがなくて購入することがほとんどで、『投資』かと言われると違和感がありますね。
束芋
今井 麗
川内 理香子
ジュリアン・オピー
山本さんはアートだけではなく、クラシック音楽にも造詣が深い。中でもベートーヴェンは特別だといい、「第九」はドイツ語で歌えるほど。
数年前にはサイモン・ラトルが指揮する交響曲1番から9番までを全曲演奏するというベルリン・フィルのコンサートを現地まで聴きに行ったこともある。
10人にも満たない神様のような作曲家たちが作ったものに限られますが、その曲が数百年前に生まれてから現代までの間、指揮者から奏者まで、世界中の音楽的才能を持つ人々の時間を奪い続けているのが圧倒的にすごいと思います。
軽井沢暮らしをはじめるにあたり、こちらに置きっぱなしにしておくクルマとして、メルカリでアウディのワゴンを買った。
東京ではクルマを所有する必要性をあまり感じておらず、当初軽井沢でもクルマなしでも大丈夫かなと思っていたところもあったとのことだが、すぐに「足」が欠かせないと気づいたとのこと。
家しかり、車しかり、普通は長考して購買するものだと思うのだが、この人の場合はなぜか軽やかに決断しているようにもみえる。
インプット・解像度・選択
東京都内のレストランに関してであればまだGoogleに反射神経では負けたくないですね。
山本さんのインプット量の膨大さは他に類をみない。「今、世の中でなにか起こっているか」についての興味が尽きないという。
高校生の頃から男性誌に留まらず、女性誌、週刊誌、情報誌など、あらゆる雑誌に目を通していたらしい。昨今ではスマートフォンの雑誌アプリで、とにかく読む、見る、クロールする。このあたり、外山滋比古の『乱読のセレンディピティ』を地で行くが、読むだけではない。
上述のアートの展示会のように気になるところには赴き、実際に見て、人と話す。そうして情報を漏斗に入れ、スクイーズされて滴り落ちたエキスで今何が起きているのか、起ころうとしているのかを認識する。
自らを「解像度至上主義」という山本さん。
アートも音楽も身の回りのものも、自分の好きなモノに留まらず、つくり手が何を考えて作っているかまでを正確に理解した上で、できる限り俯瞰して全体像を理解したいという。
伝聞ではない一次情報・経験の集積が脳内にミルフィーユのように積み上がっている。そのプロセスの中で一旦客観的に追い込んだ上で、好きなものを主観で選ぶ。客観-主観、全体-部分の行き来がダイナミックだ。
ジャンルを問わず、長く使えるものが好き。少しふざけていて自由な感じのものにも惹かれる。常日頃から情報を集め続けて選択肢を検討し「買わざるをえない状態」に自分をもっていってから購入を決断するという。このプロセスのスピードが早いがゆえに、外からみると軽やかに見えるのかもしれない。
自由がHOME
軽井沢で暮らしはじめて変化したのは、「人間性が回復したこと」。
小屋にいるときは、夜10時くらいには寝ることも多く、睡眠時間が増えた(どんな時間に寝ても毎朝5時には起きる)。
毎日オフィスに行かなくてよい人は軽井沢に越せば良い、割と本気でそう思う。
「人からどう見られるかは自分の判断基準にはあまり関係ない」という山本さんは、世の中の評価以上に、自分の好きなものに囲まれて自由に生きている。
別荘=富の象徴であった時代は過ぎてゆくと感じる。また、自然の中での暮らしも、ソローが描いたような素朴な生活だけではないだろう。
「豊かさ」も「心地よさ」もお仕着せの概念に囚われない。自分を基点にして考え、価値を見定めたうえで、テクノロジーや関係性を動員して実現させる。山本さんの自由な空間を通して、これからの個人のモデルを見た。
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やまもと けんすけ
1981年生まれ、神戸出身。広告代理店、雑誌編集者を経て、Sumallyを設立。スマホ収納サービス『サマリーポケット』も好評。音楽、食、舞台、アートなどへの興味が強く、週末には何かしらのインプットを求めて各地を飛び回る日々。ビジネスにおいても最も重要なものは解像度であり、高解像度なインプットこそ、高解像度なアウトプットを生むということを信じて人生を過ごしている。